呼ばれて旅したら商品ができた

たとえキリストがNO!釈迦がNO!と言っても、自分の感覚がYES!ならYESを取る覚悟

今日は冬至ですね!

陰極まって、陽に転じるとは
よく言ったものですが
今回は本当にその通りの出来事が
起こりました。

うるおうカラダのつくりかたのtamaです。

神聖幾何学のワークショップからの・・・

今日は、前々から楽しみにしていた
神聖幾何学のワークショップだったのです。

隠されてきた宇宙の叡智と言われる
神聖幾何学

 

「これを理解したら、全員イチから生き直し」

 

そんな言葉から始まった神聖幾何学ワークショップは
奥深すぎて、入り口に立った感覚しかなかったけど
これは宇宙の法則の全てを含む本質だ

 

それだけは理解できて。

 

わたしの今後の探求対象に
ビシッと入ったのです。

 

「これはやばいやつ」そんな感覚。

 

でね、ワークショップ中に
「瀬織津姫」と「天照大御神」が
何度も出てきたの。

 

ただ、深堀りした説明は
されなかったので
空いている時間に、
話しを聞きに行ったのです。

 

なにしろ
先日、商品としてリリースした
「SEORITSUとAMATERASU」シリーズは
インスピレーションを忠実に現実化したけれど

 

今後、その商品を扱う上で
SEORITSUとAMATERASUの本質を
理解したい!という気持ちがあったのです。

全否定されたSEORITSUとAMATERASUシリーズ

瀬織津姫と天照大御神という
名前の商品を扱い始めたという前置きをして
天照大御神と瀬織津姫の話を聞きたい
そうお伝えして聞いたら

 

すごく丁寧に説明して頂いて。
なるほどーー。そういうこと。
と深く納得できて。

 

自分がやってきた道筋との
答え合わせができて。
1日目は終了したの。

 

で、2日目
先生から引き止められて
瀬織津姫と天照大御神の話になったの。

 

で、瀬織津姫と天照大御神の
本質を十分に理解する前に
その名前で商品を出すのはやめた方がいい。
ずれたエネルギーは
必ず自分に返って大変なことになるから、と。
赤字だろうがなんだろうが
ストップするべきだ、と。

 

ずれたエネルギーが
返ってくるのは経験値としても
理解しているし

 

神聖幾何学のワークショップで
それはまざまざと体感したので

めちゃくちゃざわざわしたけれど
ずれた商品を出すわけにはいかない。

 

「イチからやりなおしだ」
そう思って。

 

商品を出すのはやめよう。
購入頂いた方には返金をしよう。
リリース予定のオーラスプレーは
やるなら無料で渡そう。

 

もう、死ぬほどざわざわしたけれど
それは新しい概念を受け入れる時
生き方を変える時は
必ずざわざわが起こるというのは
分かっているから
とにかく一旦受け入れよう。

 

そう思ったのです。

受け入れた後、湧き上がった悲しみ

「商品を出すのはやめよう」
そう一旦受け入れた後にやってきたのは
悲しみで。

 

AMATERASU、SEIRUTSUシリーズは
自分のインスピレーションと感覚だけで
出来上がったもので

 

逐一感覚をチェックして
NOが出たら進まない。
自分の感覚がGOサインが出るまで
動かない。

 

それを自分自身に約束した商品だったの。

 

感覚とエネルギーを最優先にしたときに
見える景色がどんなものなのか
それをわたしが見たかったから
結果、2年越しのプロジェクトになってた。

 

2年前はもちろん商品が出来るとか
思いもよらなければ

 

「SEORITSU」「AMATERASU」
というネーミングになるだなんて
予想もしていなかった。

 

当初は
「イナンナ」「エンキ」という名前だったし

 

でも
「SEORITSU」「AMATERASU」にしよう。
インスピレーションがあってそう決めた瞬間に
止まっていたものが動き出し
作るつもりもなかった商品が出来上がった。

 

その時のインスピレーションが来た瞬間の感覚。
「これだ」という体感覚。
寝ないでも創り上げたい、と沸き上がる感覚。

 

その時の感覚は
明確に自分に刻まれているのに

 

これらの感覚を全部
他人からの一言で
「嘘だった」「ずれていた」のかもしれない。

 

そう受け入れようとした瞬間に
悲しくて悲しくて涙が出たのです。

たとえキリストが、釈迦がNO!と言っても、自分の感覚がYES!ならYESを取る覚悟

その時に、決めたのです。

 

誰が何を言おうと
キリストがやめろ!と言おうが
釈迦がやめろ!と言おうが
わたしは自分の感覚を信じようと。

 

もし、仮に
今回、AMATERASU、SEIRUTSUを出すことで
わたしに何が返ってこようと
全部引き受ける覚悟をした。

 

どんなネガティブな事が返ってこようと
構わない。
めっちゃ怖いし、何かあったら
ぎゃーぎゃー言うだろうけど
構わない。

 

わたし自身の感覚をNO!とするのは
死んだも同然じゃん、と。

 

そう、深く覚悟を決めて、切腹した瞬間
今度は歓喜の涙が溢れてきたのです。

 

運転しながら
子供みたいに泣きじゃくって
ひっくひっく言って

 

喜びが底から溢れてきた。

 

ようやく、ようやく
わたしがわたしの全部に
OKを出せた感じがしたんだよね。

 

わたしの魂が、中心が
ようやく本当の意味で
手を繋げた感じがした。
なんていう、喜びなんだろう・・・。

 

このタイミングで
引き止めて、STOPをかけてくれた先生
なんて感謝なんだろう・・・。

 

やばい・・・。

 

STOPを掛けてくれなかったら
この感覚を捉えられなかったし
多少のずれを見逃したんじゃないかな。

 

そして、危うく、自分自身の操縦席に
他人を乗せるところだった。

 

心からリスペクトしている人
権威がある人
本質を見抜く人
悟っている人

 

いかなる人に何を言われようが
わたしの世界の中心はわたし。

 

わたしの操縦席にあるのは
常に「わたしの感覚」である。

 

改めて、それを深く理解しました。

揺り戻しは必ず起こる。だから未来への備忘録

これだけ深い覚悟と
自分の感覚への信頼が起こっても

 

きっと何度も揺り戻しは起こるのは
分かってる。

 

だからこれは未来の自分への備忘録。

 

何度外れても
何度でも中心に戻ったところから
始めればいい。

 

たった一つのずれは
全体のエネルギーを大きく崩す。
これだけは神聖幾何学で十分に体感したから

 

どのタイミングで感覚がずれやすいか
も明確になった。

 

深い覚悟をした瞬間の周波数に
歓喜の涙が出た周波数に
いつも戻ってからはじめよう。

 

そんな風に思います。

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